株式会社ワイズスタッフ
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人生に無駄なことはひとつもない

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私はもうすぐ45歳。社会に出て23年、結婚して19年、母親になって18年、ワイズスタッフで働くようになって10年が経つ。鏡に映るのは立派な中年のおばさん。全く恐ろしい年月が流れたものである。

先輩からのメッセージを、との依頼を受けて私に何か言えることがあるだろうかと思ったとき、頭に浮かんだのは「人生に無駄なことはひとつもない。どんなことも必ず自分の役に立つ」ということ。最近しみじみ思う。どんな出来事にも必ず意味がある。だからどんなこともとりあえずやってみて。若い人にこれだけは伝えたいと思う。

私はいわゆるバブル世代。周囲にサラリーマンのいない家庭で育ったことも加わり、「会社で働く」ということの現実を知らずにただ何となく最初に内定をくれた会社に就職した。商業施設を企画運営する会社はとにかく忙しく、配属された新規店舗の企画セクションは、フィールド調査からコンセプト作り、企画書作り、レイアウト図面引きで毎日毎日残業残業。徹夜で資料を作り、シャワーを浴びにタクシーで帰宅し、またタクシーで出社してプレゼンするようなハードな日々に結婚退社でピリオドを打った。早く逃げ出したかった。家庭生活と仕事を両立することなど考えもしなかった。しかし、ここの数年で叩き込まれた物の見方、考え方、仕事のやり方が、その後の私を救ってくれた。

結婚後はすぐに妊娠、子育て。家事育児があまりに手間ひまがかかる事を知り驚き戸惑った。でも子どもは可愛くて可愛くて仕方なかった。自分にこんなにも人を愛おしいと思う気持ちがあったのかと思うほど、全力で向き合って育てた(つもり。一応今も)。息子とサッカーもキャッチボールもやった。いつもハグハグしていた。子どもとの蜜月期は私の人間としての原点になった。

一方公園で子どもを遊ばせながらふと「私ここで何やってんだろう」と焦った。いたたまれず仕事を探した。勤めていた会社に戻る選択肢もあったが、家事育児をしながら出来るはずはなく(今ならワーキングマザーもいるが)諦めた。そしてワイズスタッフに参加した。最初の仕事は膨大なサイトチェック。夜中まで報告書を書き、仕上げた時「ああ、私にもやれた」と嬉しかった。その後、ネットの普及とともに忙しくなり、夢中で仕事をした。勃興期のネットリサーチやプロモーションの現場で、試行錯誤しながらやったことは後に私の武器になった。

6年ほど経ち疲れがきた。PCに向かい続けることに嫌気が差し 子どもが手を離れた事もあって在宅で働く意味を見失った。ワイズスタッフを離れ、パート勤めに出たり、フルタイムで働いてみた。「もう一度会社員になってみよう」と思ったが、40歳を過ぎた身に現実は厳しかった。がんばっても空回り。自分だけが磨り減っていく感じがした。身体も心も家の中もぼろぼろになった。子どもが仕事で精一杯の私に39度の熱があることを黙っていたことを知った時、辞めた。夫のように働くことは私には出来なかった。しかし、20年以上前の組織しか知らなかった私が今の会社の仕組みやビジネスの前線を見たことは何事にも代えがたい大きな経験となった。

リセットしたくてしばらくぼーっとしていたところ、今度は大学の研究室に手伝いに来ないかと誘われた。全く畑違いの分野の学会の事務局。面白みもなさそうだなと思ったら データの電子化やWebサイトの構築が課題だという。ワイズスタッフで当たり前だと思っていたことが、貴重なノウハウだったことを知った。そして今私は学会の手伝いをしながらワイズスタッフの仕事に戻っている。

社会に出てから23年、いろんなことがあった。選択を間違えたと思うことも正直ある。でも、振り返るとすべてが無駄じゃなかった。いろんな場所で知り合った人が面白いほどつながっている。人生本当に無駄なことは何ひとつない。さあこれからどんなことがあるんだろう。どんな人とどんなことが出来るんだろう。毎日ワクワクしながら過ごしていける私は今、つくづく幸せだと思う。

Y's STAFF メンバーH(東京在住)

【最終更新日 2008/07/01】

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