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【ネット時評】ローマ字入力推奨文化にもの申す!(2001/11/06)

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 「りょこうの『りょ』は、どうやって入力するのだったかな?」高齢の受講者が、目を細めながら、「ローマ字変換表」を指でなぞる。見つけた場所には、「R」と「Y」と「O」の文字。表とキーボードを何度も何度も見比べながら、やっとの思いで3つのキーを押すと、パソコンの画面に「りょ」と表示される。「家でいつもこの紙を見ているんだけど、なかなか覚えられなくて・・・やっぱりパソコンは難しいねぇ。」おじいちゃんが寂しそうにつぶやいた。

 私が担当した、IT講習での1シーンだ。ご高齢の方には「ローマ字」自体、なじみのあるものではない。「りょ」という文字を入力するのに、どうして「R」「Y」「O」のキーを探さなくてはいけないのか。キーボードには、「り」と「よ」と書かれたキーがあるというのに!

■「ローマ字入力」があたり前の世の中 

 「ネット時評」読者のほとんどは、ローマ字入力であろう。だから、こんな話をしても「何を今さら『かな入力』」と思われるかもしれない。事実、今後学校で導入される「情報教育」の教科書も、全国で実施されているIT講習会も、パソコンの参考書も、すべて「ローマ字入力」を推奨している。「かな入力」は、こういう方法もある程度の扱いだ。このことは、「パソコンをこれから習う人は、ローマ字入力方式で日本語入力しましょう」と誘導していることに他ならない。

 しかし、誰もそれに疑問を投げかけてはいない。その理由は、何か?「かな入力」には弊害があり、今後、普及させてはいけない、という話は聞いたことがない。私が思うに、今、ITという世界に身を置き、今後の方向性を考える人々が、「ローマ字」入力をあたり前だと思っているからではないだろうか。小学校でローマ字を習い、キーボードの配列に慣れ、頭の中で「りょ」を「RYO」と瞬時に変換できる能力を持つ人は、不便を感じていないだけではないか。あるいは、たかが入力方式と、誰も深く考えていない可能性だってある。

 ローマ字を知らない高齢者や、ローマ字を習っていない子供たちにまで、「ローマ字入力」を推奨していて良いのであろうか。

■ローマ字入力は、子供の英語教育に影響?

 私の長女は、小学3年生ぐらいから、ローマ字入力ができるようになった。私ではなく、学童保育の先生が「ローマ字入力」を教えてくれたからだ。学校でローマ字を習うのが4年生。人より先にパソコンで文字が入力できるようになり、本人はご満悦だった。4年になった今、流れるようにキーボードから言葉を入力している。

 しかし、ある日、娘が書いた絵を見て驚いた。「本」の絵の下に「BUKKU」と書かれていたのだ。これは何かと聞くと、「本の英語だよ」という返事。「本を英語で言うと、book。書くときはこうやって書くのよ。」と教えたが、娘は、理解できない。そう、「英語」と「ローマ字」の区別がつかないのである。

 『ブック』というカタカナ語は、「ブックスタンド」「ブックマーク」「ジャングルブック」など、日本語の中に出てくる。そのとき、彼女は、「BUKKU」とキーを入力している。彼女にとって「アルファベット」は「英語」。「ブック」は、「本の英語」。つまり、本を英語で書くと「BUKKU」なのである。突然「BOOK」と言われても、それは、「ボオク?」なのである。

 言葉だとわかりにくいので、絵にしてみた。「ローマ字」の次に「英語」を習い、その次にキーボード入力を始めた人、つまり、私たちの世代にとっては、「ローマ字入力」は、さほど困難ではないかもしれない。しかし、「ローマ字を習っていない子供」や「ローマ字を知らない高齢者」にとって、果たして最適と言えるだろうか。

 事実、「ローマ字入力」は英語教育にとって弊害である、という意見は以前からあった。しかし、グローバルなIT国家を目指す今、そんな話はどこへやら。ローマ字入力があたり前。そして、それができるよう、国が、大人が、教育者が、こぞって指導しているというのが現状なのだ。

■文字入力は、ITの入り口。「人」が選べる環境を

 「かな入力」は、たくさんのキーを覚えなくてはいけない。子供の小さな手には、一番上のキーは遠すぎる、など、「かな入力」を否定する理由はある。でも、キーの位置ぐらい時間をかければ覚えられる。子供の手は、時間が経てば大きくなる。そんなことよりも、もっと大切なことがあるはずである。

 とはいえ、私は「かな入力」だけを推奨しているのではない。人が、自分の状況に応じて、「ローマ字入力」と「かな入力」を選択できる環境を用意することが、今一番、大切だと言いたいのだ。

 「IT」はこれに限らず、「効率」とか「標準」という言葉に弱い気がする。大切なのは、それを使う「人」。さまざまな「人」の立場に立って、より多くの選択肢を用意する柔軟性が必要なのではないか。言葉遊びになってしまうが、やはり、「HITO(人)」の真中にある「IT」であって欲しいものである。

 以下、余談。私は、IT業界に身を置く、数少ない「かな入力」者である。理由は、至ってつまらない。パソコンを使いはじめた20年前。夢中になったアドベンチャーゲームが、当時「カナ」しか受け付けなかったから。でも、理由はどうでもいい。私は今、「かな入力」が一番、楽なのだから。ちなみに、当時夢中になったゲームは、「サラダの国のトマト姫」という。今はiモードのiアプリで復刻している。ローマ字入力VSカナ入力どころか、いまどきの若者が、親指だけで同じストーリーを楽しんでいる。何とも、不思議な感じである。

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