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【ネット時評】新しい技術が言葉を変える、言葉を作る!?――カードをふれてください (1)(2003/09/04)

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 私が住む北海道北見市内を走るバスに、この春、非接触型ICカードを利用したバスカードシステムが導入された。停留所に停まるたびに、カードリーダーが女性の音声で使い方を案内してくれる。

 「カードをふれてください」

 ん?この日本語変じゃない? でもまあ、これに限らず、言葉の間違った使い方は世間に氾濫している。仕方がないよね…と思っていたら、東京出張で驚くべきものに遭遇した。

 「Suicaをふれてください」

 およそ700万人が使用しているJR東日本の非接触型ICカード「Suica」対応改札機に、そうしっかりと記載されているのだ。こうして、私の迷走が始まった…。

■「カードをふれてください」は文法間違いか?

 私は国語が大嫌いだ。だから、「文法」と言われると拒否反応を示す。よって、確固たる根拠を持って「この日本語変じゃない?」と言っているわけではない。感覚的に、こういう言い方はしないのではないか? という程度だ。しかし、人にその疑問をぶつけてみると、ほぼ全員から「言われてみると、確かに変かも」という答えが返ってくる。これは調べるに値するに違いない。

 かくして、仕事の合間をぬっては、辞書やインターネットと格闘すること1週間。人にも頼りつつ、やっと私なりの結論を出すに至った。以下、あくまでも田澤由利の文法的結論なので、異議のある方は遠慮なくご連絡いただきたい。


「カードをふれてください」に関する文法的考察

田澤由利


 

 動詞には自動詞と他動詞がある。通常は、別の表現をするので、あまり混乱することはない。

最近はやりの用例(?)でいうと

「成績が上がる」→自動詞(ガ格) 動作主体は、成績
「成績を上げる」→他動詞(ヲ格) 動作主体は、人

これに対し、「ふれる(触れる)」というのは、自他同型の動詞である。また、「ガ格」「デ格」「ヲ格」をとる。

(1)「カードがふれる」→自動詞(ガ格) 動作主体は、カード
(2)「カードでふれる」→他動詞(デ格) 動作主体は、人
(3)「カードをふれる」→他動詞(ヲ格) 動作主体は、人

このため混乱が生じやすい。

 まず、今回のシチュエーションにおける「ふれる」が、どれに当てはまるかを見てみよう。

(1)「カードがふれる」→自動詞(ガ格)
「袖がふれる」というのと同じ用法。動作主体は、カード。つまり、カードが(自然に)、どこかにふれる様子である。ここに、ふれようという「意思」は存在しない。また、今回のシチュエーション的に、この現象はあり得ない。

(2)「カードでふれる」→他動詞(デ格)
「ハンカチでふれる」というのと同じ用法。動作主体は、人。ふれようという「意思」が確実に存在し、カードは「道具」となる。

(3)「カードをふれる」→他動詞(ヲ格)
「手をふれる」「肌をふれる」というのと同じ用法。動作主体は、人。しかし、この場合、動作主体はあくまでも「人(手や足などの身体部位)」となり、物体とはならない。つまり、極端な話、身体にカードが埋め込んであり、その部位でどこかにふれる、というのでなければ、適切な表現とはいえない。

 (1)と(3)は、用法として正しいが、今回の「非接触型ICカードの改札機」という、シチュエーションにおいては、適切でない。よって、(3)の命令形である「カードをふれてください」も適切な使い方ではない、と判断される。

 では、どう表現すればいいのか? 文法的な答えは簡単である。

 素直に、(2)の他動詞としての「ふれる」を使い、「デ格」をとる

「(人が)カードで(改札機に)ふれる」

あるいは

カードを強調することにこだわって、他動詞としての「ふれる」を使役形にして「(人が)カードを(改札機に)ふれさせる」とする。

 それぞれを命令形にして、

「カードでふれてください」

または

「カードをふれさせてください」

これなら、文法上、表現上、なんら問題はない。

とはいえ、言葉というのは「文法」という規則で割り切れるものではない。「古文」という学問が存在することから明白なように、時の流れ、社会背景、生活様式などなど、さまざまな要素で変化し続けているから面白いのだ。

 

■もしかして、ユビキタス時代を見据えた表現?

 ふと、ここまで調べて、一つの「仮説」が私の頭の中に浮かんだ。

「カードをふれてください」

 この言葉の奥底には、実は、大きな意図が隠されているのではないか。前述の(3)の用法は、従来の文法だと適切ではない。しかし、あくまでも感覚だが、「デ格」ではなく、「ヲ格」を使うことで、目的語を尊重する(単なる道具としてでない)感覚を与える感じがするのは、私の気のせいだろうか?

「カードをふれてください」には、「カード」に対して、限りなく身体部位に近い尊重がこめられているのではないのか?

 ICチップを体内に埋め込むという実験はすでに行われている。そうすると、

「(ICチップが埋め込まれた)手をふれてください」
「(手に埋め込まれた)ICチップをふれてください」

といった表現は、新しいIT技術によって、これから生まれる可能性が無いとはいえないのではないか。

 つまり、この表現には、開発者やIT先端者の思いが込められており、実はユビキタス時代を見据えた先見の言葉だったりするのではないのか?

 そんな突飛な想像を膨らませながら、この言葉がどこで検討され、だれが採用し、どうして世に普及しているかを調べたいという衝動にかられた。こうして、地元のバスに乗ったことから始まった私の「迷走」は、まだまだ続くのであった。

(次回へつづく)

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