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【ネット時評】災害発生!「IT」を生かす危機管理とは?―― 「爆弾低気圧」による豪雪災害の現場から(2004/02/04)

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 1月14日、弊社オフィスがある「北見市」の映像が全国ニュースで何度も流れた。「爆弾低気圧」なるものが居座り、3日間で171センチの積雪を記録。都市機能、市民生活が完全に麻痺した。その日、飛行機で北見に戻る予定だった私は、関西で足止め。弊社の北見オフィスは、従業員が自宅から出ることさえできず、結果的に3日間閉鎖となった。そのとき、「IT」はどう生かされたのか? 豪雪の現場からレポートする。

■「忘れた頃」どころではない、100年に1度の大災害

 今回の大雪は、台風の「雨」がすべて「雪」になったようなもの。「出現確率としては100年に1度」(日本気象協会)という局地的な豪雪となった。北見を含む道東は、北海道の中でも比較的雪の少ない地域だったこともあり、行政・経済・市民生活に与えた打撃は大きかった。

 網走管内のJRは全線運休、女満別空港も全便運休、道道68路線が通行止め、市内バス路線も全面運休……。まさに陸の孤島だ。そのうえ、6000戸が停電。暖房器具が使えず、多くの家庭が極寒の夜を過ごした。また、自宅で使用している医療機器が使えず、除雪車先導の救急車で運ばれた人もいた。

 店や会社は、のきなみ休業。かろうじてオープンしていたスーパーやコンビニからは、生鮮食料品・お弁当・カップラーメンなどの食料品が消えた。もちろん、新聞も郵便も届かない。阿寒湖の温泉街では、600人以上の観光客が缶詰となった。

 奇しくも、9年前に阪神淡路大震災があった1月17日。やっと日差しが街を覆う。しかし、戦いはそこからだった。まずは家から出ること。背丈以上の雪に、中からドアを開けることができない。窓から出る人もいた。外から掘り出してもらった独居老人も少なくない。

 街は、除雪がまったく追いつかず、雪の中を泳いで(この表現が正しいらしい)、広い道路に出る。しかし、歩道はない。雪でガタガタの悪路に渋滞する車の列。そのそばを歩いて、通勤する人々。いつ事故が起こっても不思議ではない状態だった。

 2週間たった今でも市街地の除雪は進まず、ごみの収集も休止したまま。普段の生活に戻るにはまだ時間がかかりそうだ。災害というものは、「報道」の瞬間だけで終わらないことを実感する。

■ネットオフィスで業務は進むが……灯台下暗し

 弊社は、「ネットオフィス」というコンセプトを掲げ、ほとんどの業務をインターネット上で行っている。業務を行うスタッフ90名は、全国各地および海外にも在住しており、たとえ一地域で災害などのトラブルが発生しても、他地域のスタッフがフォローする体制ができている――と思っていた。事実、東北の地震のときも、アメリカの同時多発テロのときも、乗り切ってきた。しかし、灯台下暗し。物理的な業務を担当する北見オフィスで、その危機管理ができていなかったことが、今回の災害で明白になったのだ。

 ほとんどの業務をネットで行うとはいえ、電話の対応、FAXの送受信、物品の受発送など物理的業務は、「ローカルオフィス」である北見オフィスの仕事だ。北見のスタッフは、自宅でネットにアクセスし、できる限りの作業を進めたが、電話にだけは出ることができない。FAXが届いているかどうかも確認できない。

 豪雪初日、飛行機の欠航を確認するなり、私は、対応に奔走した。NTT東日本へ電話。転送(ボイスワープ)の申し込みをする。午後には転送が有効になるのはさすが、と思いきや、転送設定は現地の電話でしなくてはならない。結局、「転送設定」のためだけに、北見のスタッフは、暴風雪の中を出勤した。

 


2004年1月17日 北見オフィスの庭


2003年10月の同じ場所


 北見のスタッフへの待機指示、クライアントへのメール、ネットメンバーへの連絡、北見で行う業務の担当分け。転送されてきた電話への対応。「ネットオフィス」のおかげで業務は進んだのが、せめてもの救いだが、振り返ってみると、この日の作業は、事前に準備できたことばかり。自分の危機管理の甘さを痛感した1日だった。

 

 この話をひとごとだと思わないでいただきたい。この瞬間、大災害が起こったら、あなたはどうしますか? 会社やクライアントとの連絡方法は? 仕事を停滞させない対策は? 仲間や社員の安全の確認方法は? 電話が通じなくなったら? 停電になったら? そして、ネットが切断されたら?!

■災害に対する姿勢を大企業に学ぶ

 この豪雪のために関西で3日間足止めをくらった私だが、転んでもタダでは起きない。2日めは、春にオープン予定の奈良オフィスの準備にいそしみ、3日めは東京に出て、営業活動を行った。

 この日訪問した中に、Yahoo Japan!があった。六本木ヒルズの高層ビルから、富士山を眺めながらの打ち合わせだ。正直、IT企業ならば、何もこんな都会の真ん中に会社を置かなくても……と思った。しかし、その思いはすぐに覆された。都市ガスによる発電プラントを有し、備蓄燃料による72時間のバックアップ運転。阪神淡路大震災クラスの大地震にも耐えうる鉄構建築構造。「どんな状況でも、安定したネットサービスを提供する環境を求め続けたら、ココしかなかった」という。

 また、万全な危機管理体制で有名な、東京ディズニーリゾート。大地震の際の経営リスクを回避する「地震社債」は有名だが、足元もしっかりしている。台風が近づくときは、スタッフが近くの寮に泊り込み、翌日の営業に備えるそうだ。その結果、開園以来20年、天災等による臨時休業は一度もないという。もちろん大企業と同じ体制はとれないが、その姿勢には見習うべきものがある。

 阪神淡路大震災では、電気・ガス・水道の「ライフライン」が重要視されたが、社会も生活も、現在の「IT」依存度は当時とは比べ物にならない。今回の弊社のように、いろいろな場面でネットは活躍するだろう。しかし、その見えない「力」を生かしきれるかどうかは、それを使う「人」の体制、そして物理的環境次第なのである。

■いざというとき、「IT」を生かせる危機管理を

 今回の災害のおかげで(?)、「ネットオフィス」を安全に運営するための危機管理に、向き合う機会を得ることができた。その教訓は3つ。被害を最小限に留めるための「体制」を整えること。どんな状況にあっても、それを徹底・実行するための、最小限の「トリガー」を用意しておくこと。そして、ネットだけに頼らず、それを支える「環境・設備」への投資も必要だということ。

 災害が起こった地域では、電気などのライフラインに加え、ネット環境も途絶える可能性がある。今回の豪雪でも、弊社のスタッフの一人は、自宅が停電し、ネットに接続できなくなった。そこで、活躍したのは、携帯電話だった。実際、災害で通話が困難になった場合、一番確実に連絡がとれるのは携帯電話のメールだと言われている。災害時、ここに携帯でメールを出せば、全国のスタッフに伝わる「緊急連絡窓口」を用意しようと考えている。つまり、緊急体制をとるために必要な最短の「トリガー」だ。

 また、春には「奈良オフィス」を開設し、2ローカルオフィス体制をとる。複数経路による緊急連絡網の整備、バックボーンの違うネット回線の確保、サーバーの分散などの対策も必要課題だ。また、北見オフィスでは、北見の日照率の高さを利用してソーラーシステムを導入しているが、現状では太陽が顔を出している間しか使えない。非常時には、数時間でもオフィスを稼動可能な蓄電装置も備えたい。そう。やるべきことはたくさんあるのだ。

◇ ◇ ◇


 そんなこんなで、今回得られた教訓の大きさを思えば、100年に一度の確率に当たるのもそう悪くはないか……。マイナス10度の世界の中で、雪かきに追われながら、あれこれ考えている。



 今回、自然災害の怖さを思い知るとともに、人を、物を運ぶ「道路」の重要性を再認識した。2月19日に、東京で出席予定の『「北のみちから」女性フォーラム in TOKYO』では、今回の豪雪災害時の道路の様子を報告するつもりだ。

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